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盆参り終了 [北海道]

 8月1日から始まった、盆参りを8月20日になんとか終えることができました(ただし、17,18日は休みでしたが、盆参りの最中に、布教が一度、通夜のお勤めが一度ありました)。私よりはるかに高齢の方がいらっしゃるのに、泣き言は言いたくないですが、キツかったです。でも、緊張しているのでなんとかこなしましたが、17.18日の休みで緊張が緩んだためか、カゼっぽくなり、ついに21日から24日まで休みをいただくことになってしまいました。熱っぽく、鼻水と咳(ぜん息みたいに胸が痛くなる)が続きました。あと一日でたぶん回復するでしょう?
 7月25日に、恒例のライラック観光を今年は列車を利用して行ってきました。楽だし、楽しかったですよ。札幌から富良野まで「フラノラベンダーエクスプレス」、富良野から中富良野(つまりファーム富田)までそして中富良野から美瑛までは「ノロッコ号」、美瑛から旭川まで「鈍行」、旭川から札幌までは「特急ライラック」での周遊旅行でした。


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知里真志保 [北海道]

 今日(2007/1/30)、月忌参りにいったご門徒のお宅での話。何の話からそこにたどり着いたのかは全く思い出せないのですが、そのご門徒(私より年上)のお父さんの時代、知里真志保が自宅に泊まったことがあり、加えてお父さんと知里真志保は文通をしていた、という興味津々の話になりました。もちろん私は、知里真志保を超有名な人であるから知っているし、その姉である知里幸恵について旭川にいるときに興味を持って藤本英夫著の「銀のしずく降る降るまわりに・・・知里幸恵の生涯」を購入(今も持っている)、感激をもって読了したことをも思い出したのでした。
 そのときに加えて、知里真志保は室蘭中学(今の室蘭栄高)のとき、ほとんど学校には行かず(たぶん超貧乏だったので働いていたのではないか?)、しかし試験の時は出てきて、成績は常にトップだったという話まで聞いてしまいました。帰宅して、すぐ「銀のしずく・・・・」を取り出し、これから再読するつもりです。

WIKIPEDIAから
知里真志保
知里真志保(ちり ましほ、1909年2月24日 - 1961年6月9日)は、アイヌの言語学者。文学博士。専攻はアイヌ語学。姉は、『アイヌ神謡集』の著者・知里幸恵。大学での指導教授は、金田一京助。北海道幌別町字登別町(現在の登別市)出身。

知里幸恵
知里 幸恵(ちり ゆきえ、1903年6月8日 - 1922年9月18日)は、北海道登別市出身のアイヌ人女性。19年という短い生涯ではあったが、その著書『アイヌ神謡集』の出版が、絶滅の危機に追い込まれていたアイヌ民族・アイヌ伝統文化の復権復活へ重大な転機をもたらしたことで知られる。なお、弟に言語学者でアイヌ人初の北海道大学教授となった知里真志保がおり、幸恵の『アイヌ神謡集』の出版以降、大正末期から昭和にかけて、新聞・雑誌などからはこの姉弟を世俗的表現ながらも「アイヌの天才姉弟」と評された。

WEBから
藤本英夫著:『知里真志保の生涯』(新潮選書)

知里家の家系図
 祖母:金成モナシノウク ― 叔母:(金成)マツ
               母:(知里)ナミ ― 姉:(知里)幸恵
                             (知里)真志保

祖母金成モナシノウクと叔母マツ
 金成モナシノウクは金田一京助が「アイヌ最大の最後の叙事詩人」と賛辞を 惜しまなかった人である。彼女はアイヌ民族の膨大な叙事詩(ユーカラ)を 暗唱していた。叔母の金成マツはモナシノウクのユーカラを記憶し、昭和3年からローマ字で記録した。 そのまとめたノートは、70冊をこえ、一万数千ページにもなった。 その一部は金田一京助によって、「アイヌ叙事詩ユーカラ集」一巻 (昭和34年)から七巻(昭和41年)として刊行された。昭和31年、81歳のとき、ユーカラの数少ない伝承保持者として紫綬褒章をうけている。

薄命の天才少女、知里幸恵(ちり・ゆきえ)
 知里家は登別で生活していたが、姉の知里幸恵は一時、旭川の祖母金成モナシノウクと叔母の金成マツ のところに身をよせる。大正7年、ユーカラを聞きにきた金田一京助と運命的 出会いをする。金田一京助からユーカラの素晴らしさをおしえられた幸恵は そのときまだ15歳の少女であったが、生涯をユーカラに捧げることを決意する。 叔母のマツからローマ字を習い、一年後、ユーカラのローマ字記録と美しい日本語訳 のノートを金田一に送る。金田一が、「あまりの立派な出来で、わたしは涙がこぼれるほど 喜んでおります。」という返事の手紙を書いたほどであった。その後もノート をかきつづけ、本として出版するために大正11年、19歳のとき、金田一のもとに上京する。 もともと、体の弱かった幸恵は体調をくずし、最後の校正を終えると容態が急変 帰らぬ人となる。幸恵の命をかけた「アイヌ神謡集」は翌年出版されました。 その序文に彼女はつぎのように書いています。

 「その昔この広い北海道は、私達祖先の自由な天地でありました。天真爛漫な稚児 のように、美しい大自然に抱擁されてのんびりと楽しく生活していた彼らは、 真に自然の寵児、なんという幸福な人たちであったでしょう。
          ・・・・・
平和の境、それも今は昔、夢は破れて幾十年、この地は急速な変転をなし、山野 は村に、村は町にと次第次第に開けてゆく。」
 
天才言語学者、知里真志保(ちり・ましほ)
 姉の幸恵が亡くなった翌年、6歳年下の真志保は室蘭中学に入学する。 子供時代はアイヌを蔑視する和人とよくトラブルをおこしたが、中学時代は せいぜい、にらみつける程度であったという。学校の成績は優秀で、この中学時代(昭和2年)に アイヌの昔話の和訳を中学の先生からたのまれ、雑誌に発表している。これが彼の 最初のアイヌ語に関する論文である。 金田一は「幸恵さんの再来のやうに思えて、一行一行涙の目を押拭ひつつ よまれた」と紹介している。卒業後、金田一と相談し一高を受験、合格する。 新入生の自己紹介のとき、「北海道ならアイヌを見たかい」と問われたのに 対し、「このおれがアイヌだよ。」と身を乗り出したという。 エリート集団の中の彼は級友となじめなかった。東京の異邦人であった。 成績は優秀で、英語、ドイツ語は主席、ロシア語、スペイン語も数週間で 初歩的な原書は読めるようになるほど、ずばぬけた語学力であった。
 一高卒業後、東大文学部英文科に入学する。「アイヌ語をやらせるのは 惜しい」との周囲の声があったという。だが、翌年、言語学科に転科、 金田一の指導をうけることになる。卒業時には金田一と肩をならべるほど の実力を備えていた。そのまま東大に残る道もあったが、真志保は卒業すると、 中学時代の恩師の頼みを受け、樺太の女学校に赴任する。そこで彼は樺太アイヌ の研究に没頭する。しかし、持病の心臓病がおもわしくなく、3年で、退職、 周囲の骨折りもあり、以後北大で研究をつづけることになった。

 彼のアイヌ語に対する姿勢は厳格であった。過去のアイヌ語の研究者、同世代 の研究者はもとより恩師金田一に対しても鋭い批判をあびせた。彼の代表的著書 のひとつ「アイヌ語入門」では多くのページを過去の研究者の批判にあてている。 そしてあとがきには「アイヌ研究を正しい軌道にのせるために!」 と、叫ぶように書き、「この本を書いた私の願いは、ただそれだけに尽きるのである」 と、祈るように筆をおいている。彼はアイヌをどうみていたのでしょう?「多くの人々 は民族文化の保存といいますが、現実にはアイヌ文化は明治以前に滅びてしまって、 そのあとはいわばアイヌ系日本人によってその文化が多少とも保たれてきたわけ でです。」と言うように、「おれがアイヌだ。」と叫ぶ彼も、日本人として育ち 、アイヌ語も英語と同じように外国語であり、自分自身も「アイヌ系日本人」である ことにある種の悲しみを持っていたように思う。「啄木じゃないが、学問は 悲しき玩具さ」と自嘲する裏に、もう復活することのないアイヌ文化に対する さびしさと、それゆえに本当のアイヌ文化を記録しておこうとしていた彼の切なる 思いが伝わってくる。それは彼が登別の海岸を思い浮かべて歌ったという 「浜辺の歌」の歌詞の「昔のこと」「昔の人」でしのんでいた ものであろう。

 彼は研究の半ば、52歳で生涯を終えた。彼の葬儀にかけつけた79歳の恩師金田一 は深い悲しみに憔悴しきっていたという。金田一博士の詠んだ歌。

    おほし立てて 我が後継ぎと たのめりし
    若人はかなく 我に先立つ

    若人の 先立つ嘆き できるなら
    老いたる我の 代わりたかりし
 
 
ファーム富田 2016年7月21日 
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朱鞠内湖のワカサギ釣り [北海道]

 昨日(2017.1.24)は朝から、今冬初めてマイナス30度を超えたと、本州日本海側の記録的大雪と併せて、テレビやラジオは大騒ぎでした。その中でも、残念ながら!!2位でしたが-32.1度だった朱鞠内湖(幌加内町)は、その寒さの中でワカサギ釣りをしている様子を、全国放送で何度も何度も紹介されました。冬の朱鞠内湖は、すっかりワカサギ釣りで有名になりました。一度ワカサギ釣りに行ってみたいけれど、冬のドライブには遠すぎるなァ。
  冬の朱鞠内こといえば、先日、さっぽろ生協が毎月発行する料理の小冊子に、今の朱鞠内湖を紹介する記事が出ていることを発見し、思わず岡山に住む朱鞠内小学校時代の恩師に送ってしまいました。きっと、昨日は全国放送で何度も放送されたので、今年は朱鞠内がすごい!とびっくりしていることでしょう。
 
写真は昨12月10日の大雪の様子です。
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晩秋です [北海道]

 今日(10月26日)は、最高気温が約21℃になり、すっかり冬支度の私には暑く感じましたが、明後日は初雪の予報です。 明日、6か月点検を兼ねて冬タイヤへの交換を予約してあったので、滑り込みセーフです。 今日も、あちらこちらでタイヤ交換しているところを見かけました。少し早い初雪になりそうです。
 マンションの敷地内にある小さな森(?)で、続けてキタキツネくんに出会いました。冬支度で、たくさんおいしいものを食べているのか、つやのある毛皮でキメていました。 我が家の愛犬を逃げもしないでじーっと見つめていましたし、声をかけても不思議そうな顔をして(?)、ジーちゃん何言ってるのと聞かれたような気がしました。 何もかもすっかり雪を迎える準備がOKのようです。
 世の中すっかり騒がしくて、ニュースを見るのがいやになりますが、これが現実、逃げてはいられないのですが。北海道は来月から電気料が値上げです。月に1000円くらいのアップになるのかな? こんな小さな家(マンション)であと何を節約すれば良いんですかね。年金は毎年下がって、物価は急激に上がって、弱いものいじめの日本です。(ボヤキでした)

 晩秋模様の写真です。 

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タグ:晩秋
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秋の盛りです [北海道]

 少し山に近いご門徒のお宅への月忌の行き帰りに、紅葉を求めて少しうろついて写真を撮ってきました。あと1週間という感じですが、紹介します。

 僧侶になって5年目も中を過ぎました。最近話の合うご門徒が増えてきました。不思議と(不思議ではないかな?)年頃が同じで男性です。私がサラリーマン出身であることから、現役時代の話がやはり一番の話題ですが、結構話題の幅はあります。と言うことで、訪問すると滞在時間が長くなります。最近は要領を覚えて、長くなっても良いように訪問順を工夫するようになりました。ある奥さん曰く、「最近同じ年頃の人と話をする機会がなくなったので、主人は楽しみにしているのですよ。遠慮せず、ごゆっくりしてください。」。お互い様です! 私も楽しまさせていただいていますよ!

 ありがたい仕事をさせていただいています。毎日感謝です。

 今日、日ハムが勝ちました! クライマックスシリーズは明日が決勝です。今年は日ハムの試合が見たくて、スカパーの「GAORA」というチャンネルを契約してしっかり応援してきましたが、ご存じのとおり、3位でした。ところがこのシリーズに入って中田君がホームランを連発するやらで、なんと明日勝ったら日本シリーズですよ。 もう応援疲れです。でも勝って日本シリーズにいってほしいですが、行けなくても今年は満足です。

 上の写真は「旧島松駅逓跡」です。また、ここであのクラーク博士が「Boys be ambitious !」とハッパをかけたところでもあります。

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すっかり秋です_北広島の秋 [北海道]

 すっかり、北広島の準市民です。税金は納めていませんが・・・。毎日のように、自動車で走り回って四季折々の景色を楽しみ、市内の話題を仕入れ、いつの間にか近道を覚え、・・・・・。
 今回は、月忌参りの合間に、新しく仕入れた単焦点レンズの使い心地をためしに、農村地帯を撮りに行ってきました。北広島の秋、第二弾です。
 なお、8月の疲れもとれ、報恩講の後始末も終え、完全なる日常にどっぷり浸かっています。

 写真上:家畜のえさとなるデントコーンです。トウキビ(トウモロコシ)ではありません。
 写真中:稲です。バックは北広島市街です。
 写真下:牧草ロールです。 

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秋です [北海道]

 今日も札幌は最高気温が27℃を超えましたが、どう見ても秋の気配です。そんな気分で、恵庭のご門徒宅まで、田園の道を走っていたら、下のようなところを見つけ、写真に撮ってきました。稲がすっかり黄金色です。
 今日は、安倍内閣で人事異動がありました。興味なし!
 また、新日鉄住金名古屋で大事故が起きました。最近工場の事故が多いのは、安全最優先ではなく、もうけ第一主義の結果でしょうか。今読んでいる本に、資本というものは腹がいっぱいになることはない、際限がないのだ、それに身を任せていったら破滅するしかないのだ、と書いてありました。一応経営者の一員の経験あるものとして、本当にそう思います。

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夕張岳が見えました [北海道]

 昨日が24.6℃、本日は28.7℃、札幌の最高気温です。全国的な高温で、今年は異常に早い夏(?)到来です。朝から快晴でしたので、今年初めて、愛犬ナナの大好きな長沼温泉の広場(長沼コミュニティー公園)へ出かけました。13才になって急に老け込んだ感じの毎日でしたが、大好きな原っぱに着くと、すっかり元気に歩き回り、やっぱり自然が良いのだと、連れて行って良かったと我々もうれしくなりました。
 ついでに、隣町の由仁町を探検してきました。思いがけず、夕張岳を撮ることができたので紹介します。写真奧の最も高い山が「夕張岳」です。その手前の山の向こう側に夕張市があります。写真の田園は「由仁町」です。
 もう1枚の写真は、愛犬ナナの大好きな「長沼コミュニティー公園」の池の部分です。

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福寿草・エゾエンゴサクそしてカエル [北海道]

 昨日(4月23日)、久しぶりに「野幌原始林」へ愛犬を連れて行ってきました。13才になった愛犬は、とみに長距離(?)散歩をいやがります。ということで歩行体力の回復を兼ねて天気の良い日には連れ出すようにしています。原始林はまだ少し雪が残っていますが、まあまあ散歩は可能になりました。我々を含めて、暇そうな?爺ちゃん婆ちゃんばかりでしたが、けっこう散歩に来てました。
 今日(4月24日)、一気に最高気温が20℃を超えました。道内には最低気温マイナス、最高気温25℃超というところもあったようです。

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オオハクチョウ、マガンそしてキタキツネ [北海道]

 昨日(4月19日(土))、休みであり風は冷たかったけれどよく晴れた天候だったので、愛犬を連れて、渡り鳥の様子を観に出かけました。いつもは長沼町でたくさんの渡り鳥が観れるので、先ずは長沼町へ。ところがまったくいないのです。カミさんの発案で、少し北へ行ってみることにし、北村(きたむら)というところへ。石狩川が流れています。
 大当たり、田んぼにオオハクチョウがたくさん群れていました。マガンの群れもありました。隣村の月形町まで行って、Uターンしましたが、帰り道にキタキツネが現れました。ちゃんとカメラ目線をしてくれました。

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