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知里真志保 [北海道]

 今日(2007/1/30)、月忌参りにいったご門徒のお宅での話。何の話からそこにたどり着いたのかは全く思い出せないのですが、そのご門徒(私より年上)のお父さんの時代、知里真志保が自宅に泊まったことがあり、加えてお父さんと知里真志保は文通をしていた、という興味津々の話になりました。もちろん私は、知里真志保を超有名な人であるから知っているし、その姉である知里幸恵について旭川にいるときに興味を持って藤本英夫著の「銀のしずく降る降るまわりに・・・知里幸恵の生涯」を購入(今も持っている)、感激をもって読了したことをも思い出したのでした。
 そのときに加えて、知里真志保は室蘭中学(今の室蘭栄高)のとき、ほとんど学校には行かず(たぶん超貧乏だったので働いていたのではないか?)、しかし試験の時は出てきて、成績は常にトップだったという話まで聞いてしまいました。帰宅して、すぐ「銀のしずく・・・・」を取り出し、これから再読するつもりです。

WIKIPEDIAから
知里真志保
知里真志保(ちり ましほ、1909年2月24日 - 1961年6月9日)は、アイヌの言語学者。文学博士。専攻はアイヌ語学。姉は、『アイヌ神謡集』の著者・知里幸恵。大学での指導教授は、金田一京助。北海道幌別町字登別町(現在の登別市)出身。

知里幸恵
知里 幸恵(ちり ゆきえ、1903年6月8日 - 1922年9月18日)は、北海道登別市出身のアイヌ人女性。19年という短い生涯ではあったが、その著書『アイヌ神謡集』の出版が、絶滅の危機に追い込まれていたアイヌ民族・アイヌ伝統文化の復権復活へ重大な転機をもたらしたことで知られる。なお、弟に言語学者でアイヌ人初の北海道大学教授となった知里真志保がおり、幸恵の『アイヌ神謡集』の出版以降、大正末期から昭和にかけて、新聞・雑誌などからはこの姉弟を世俗的表現ながらも「アイヌの天才姉弟」と評された。

WEBから
藤本英夫著:『知里真志保の生涯』(新潮選書)

知里家の家系図
 祖母:金成モナシノウク ― 叔母:(金成)マツ
               母:(知里)ナミ ― 姉:(知里)幸恵
                             (知里)真志保

祖母金成モナシノウクと叔母マツ
 金成モナシノウクは金田一京助が「アイヌ最大の最後の叙事詩人」と賛辞を 惜しまなかった人である。彼女はアイヌ民族の膨大な叙事詩(ユーカラ)を 暗唱していた。叔母の金成マツはモナシノウクのユーカラを記憶し、昭和3年からローマ字で記録した。 そのまとめたノートは、70冊をこえ、一万数千ページにもなった。 その一部は金田一京助によって、「アイヌ叙事詩ユーカラ集」一巻 (昭和34年)から七巻(昭和41年)として刊行された。昭和31年、81歳のとき、ユーカラの数少ない伝承保持者として紫綬褒章をうけている。

薄命の天才少女、知里幸恵(ちり・ゆきえ)
 知里家は登別で生活していたが、姉の知里幸恵は一時、旭川の祖母金成モナシノウクと叔母の金成マツ のところに身をよせる。大正7年、ユーカラを聞きにきた金田一京助と運命的 出会いをする。金田一京助からユーカラの素晴らしさをおしえられた幸恵は そのときまだ15歳の少女であったが、生涯をユーカラに捧げることを決意する。 叔母のマツからローマ字を習い、一年後、ユーカラのローマ字記録と美しい日本語訳 のノートを金田一に送る。金田一が、「あまりの立派な出来で、わたしは涙がこぼれるほど 喜んでおります。」という返事の手紙を書いたほどであった。その後もノート をかきつづけ、本として出版するために大正11年、19歳のとき、金田一のもとに上京する。 もともと、体の弱かった幸恵は体調をくずし、最後の校正を終えると容態が急変 帰らぬ人となる。幸恵の命をかけた「アイヌ神謡集」は翌年出版されました。 その序文に彼女はつぎのように書いています。

 「その昔この広い北海道は、私達祖先の自由な天地でありました。天真爛漫な稚児 のように、美しい大自然に抱擁されてのんびりと楽しく生活していた彼らは、 真に自然の寵児、なんという幸福な人たちであったでしょう。
          ・・・・・
平和の境、それも今は昔、夢は破れて幾十年、この地は急速な変転をなし、山野 は村に、村は町にと次第次第に開けてゆく。」
 
天才言語学者、知里真志保(ちり・ましほ)
 姉の幸恵が亡くなった翌年、6歳年下の真志保は室蘭中学に入学する。 子供時代はアイヌを蔑視する和人とよくトラブルをおこしたが、中学時代は せいぜい、にらみつける程度であったという。学校の成績は優秀で、この中学時代(昭和2年)に アイヌの昔話の和訳を中学の先生からたのまれ、雑誌に発表している。これが彼の 最初のアイヌ語に関する論文である。 金田一は「幸恵さんの再来のやうに思えて、一行一行涙の目を押拭ひつつ よまれた」と紹介している。卒業後、金田一と相談し一高を受験、合格する。 新入生の自己紹介のとき、「北海道ならアイヌを見たかい」と問われたのに 対し、「このおれがアイヌだよ。」と身を乗り出したという。 エリート集団の中の彼は級友となじめなかった。東京の異邦人であった。 成績は優秀で、英語、ドイツ語は主席、ロシア語、スペイン語も数週間で 初歩的な原書は読めるようになるほど、ずばぬけた語学力であった。
 一高卒業後、東大文学部英文科に入学する。「アイヌ語をやらせるのは 惜しい」との周囲の声があったという。だが、翌年、言語学科に転科、 金田一の指導をうけることになる。卒業時には金田一と肩をならべるほど の実力を備えていた。そのまま東大に残る道もあったが、真志保は卒業すると、 中学時代の恩師の頼みを受け、樺太の女学校に赴任する。そこで彼は樺太アイヌ の研究に没頭する。しかし、持病の心臓病がおもわしくなく、3年で、退職、 周囲の骨折りもあり、以後北大で研究をつづけることになった。

 彼のアイヌ語に対する姿勢は厳格であった。過去のアイヌ語の研究者、同世代 の研究者はもとより恩師金田一に対しても鋭い批判をあびせた。彼の代表的著書 のひとつ「アイヌ語入門」では多くのページを過去の研究者の批判にあてている。 そしてあとがきには「アイヌ研究を正しい軌道にのせるために!」 と、叫ぶように書き、「この本を書いた私の願いは、ただそれだけに尽きるのである」 と、祈るように筆をおいている。彼はアイヌをどうみていたのでしょう?「多くの人々 は民族文化の保存といいますが、現実にはアイヌ文化は明治以前に滅びてしまって、 そのあとはいわばアイヌ系日本人によってその文化が多少とも保たれてきたわけ でです。」と言うように、「おれがアイヌだ。」と叫ぶ彼も、日本人として育ち 、アイヌ語も英語と同じように外国語であり、自分自身も「アイヌ系日本人」である ことにある種の悲しみを持っていたように思う。「啄木じゃないが、学問は 悲しき玩具さ」と自嘲する裏に、もう復活することのないアイヌ文化に対する さびしさと、それゆえに本当のアイヌ文化を記録しておこうとしていた彼の切なる 思いが伝わってくる。それは彼が登別の海岸を思い浮かべて歌ったという 「浜辺の歌」の歌詞の「昔のこと」「昔の人」でしのんでいた ものであろう。

 彼は研究の半ば、52歳で生涯を終えた。彼の葬儀にかけつけた79歳の恩師金田一 は深い悲しみに憔悴しきっていたという。金田一博士の詠んだ歌。

    おほし立てて 我が後継ぎと たのめりし
    若人はかなく 我に先立つ

    若人の 先立つ嘆き できるなら
    老いたる我の 代わりたかりし
 
 
ファーム富田 2016年7月21日 
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朱鞠内湖のワカサギ釣り [北海道]

 昨日(2017.1.24)は朝から、今冬初めてマイナス30度を超えたと、本州日本海側の記録的大雪と併せて、テレビやラジオは大騒ぎでした。その中でも、残念ながら!!2位でしたが-32.1度だった朱鞠内湖(幌加内町)は、その寒さの中でワカサギ釣りをしている様子を、全国放送で何度も何度も紹介されました。冬の朱鞠内湖は、すっかりワカサギ釣りで有名になりました。一度ワカサギ釣りに行ってみたいけれど、冬のドライブには遠すぎるなァ。
  冬の朱鞠内こといえば、先日、さっぽろ生協が毎月発行する料理の小冊子に、今の朱鞠内湖を紹介する記事が出ていることを発見し、思わず岡山に住む朱鞠内小学校時代の恩師に送ってしまいました。きっと、昨日は全国放送で何度も放送されたので、今年は朱鞠内がすごい!とびっくりしていることでしょう。
 
写真は昨12月10日の大雪の様子です。
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折々のことば [その他]

 早いですね。日常に戻ってボンヤリ過ごしていると、もう1月も終盤になってしまいました。12月は大雪に2回もおそわれましたが、年末年始は穏やかに過ぎ、その後も全国規模での大雪でテレビでは大騒ぎですが、札幌は比較的静かで、お出かけ(仕事で)もいつもより楽な気がします。
 1月20日にはアメリカの大統領がオバマからトランプに替わり、テレビは大騒ぎです。私には、よく分かりませんが、時代が逆行しているような気のする新大統領の言行です。日本などは相手にもされなくなるような気もします。だからといって、すり寄るのではなく、本当の意味での自主独立の国作りをすべきですし、それに最適の情勢ではないでしょうか?
 

朝日新聞連載『鷲田清一「折々のことば」』
 朝日新聞朝刊一面にもうすでに今日で645回も連載されているコラム記事があります。
その中から、特に特に!心に響いた「ことば」を三つ紹介します。

1.「祓(はら)いのけることはしないで、穢(けが)れたままで救うということ、これを私は愛と言い慈悲というのです。」 鈴木大拙

 救われんとすればこれこれの条件を満たす必要がある、と言うのでなく、そのままでいいと、傷や汚れやあがきごと抱擁すること。それが「慈悲」だと仏教学者は言う。他の人に向かい、何の条件も付すことなく、ただ「いるだけでいい」と言えるかどうか。宗教の信は一にそこに懸かっている。安藤礼二編「折口信夫対話集」から。(鷲田清一)

2.「悟りといふ事は如何(いか)なる場合にも平気で生きて居る事であつた。」 正岡子規

 俳人にとって悟りとはいつでも平気で死ねることではなく、生をひたすら愛(め)でることであった。激痛にのたうちまわるなかでも、弟子たちを頻繁に迎えた。薬や麻痺(まひ)剤を服用する一方で、パン、スープ、鶏卵、刺し身、焼き物、飯と三食しっかり食べ、間に牛乳や菓子パンも。死の直前まで床で画譜画帖(がじょう)を楽しみ、絵筆をとり、料理や社会情勢・教育を論じた。「病牀(びょうしょう)六尺」から。(鷲田清一)

3.「「何のために」人間は生きるかという問い……を拒否することが〈生きる〉ということの現実性だというだけです。」 吉本隆明

 「何のために」と問う前に、人はすでに現実の内にどっぷり浸(つ)かっている。全体を見通せず、またたやすくは足を抜けない場所に立っている。人には泣く泣くせざるをえないこと、「なしくずしにずるずると」生きざるをえないこともあり、なぜそうなるのかを問うほうが先だと詩人・思想家は言う。「どこに思想の根拠をおくか」から。(鷲田清一)
 
昨年6月初めの三島市内の小学校の運動会です。
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ご挨拶 [その他]

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 家族全員が集まって、賑やかな新年を迎えることができました。感謝!!!

 今年もよろしくお願いいたします。

 2017年 元旦 


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2016年12月30日 [その他]

 今日は2016年12月30日、久しぶりに長男一家が来てくれて、賑やかに年末を過ごしています。さて、今年はほとんどブログらなかったので、どんな年だったか忘れないように少しメモっておこくことにしました。

 さて、2016年はお葬式のお勤めから始まりました。僧侶としたらそれほど珍しいことではないとは思いますが、私には初めての経験でした。そのようなことで、今年もおかげさまで、「キョウイク」ところがあり、「キョウヨウ」のある毎日でした。疲れやすくはなりましたが、一晩眠れば回復できます。それよりも、緊張感があり、いろんな話をたくさんの方々とでき、少しは頭を使う毎日に、感謝です。

  2016年は、大きな出来事として順不同ですが、
1)3月末の春休みに、孫姉弟2人が静岡県から遊びに来ました。
 私も1週間休みをいただき、しっかり遊びました。小樽に行ったり、
 浅里温泉に泊まったり、白い恋人パークで遊んだりで楽しかった!
2)5月末から6月にかけて、娘も一緒に3人で、北海道新幹線に乗ってきました。
 わざわざ、北海道新幹線用のH5系「はやぶさ」を選んで乗車しました。
 が、東京勤務時代に新幹線はさんざん乗ったので、何の感慨もわかなかった、です
 ①北海道新幹線で東京へ。その夜は「東京スカイツリー」へ行き、夜景見物。
 ②上野の「国立博物館」で『恐竜博』を観、昼飯は月島でもんじゃ焼きを食べました。
  夜は、中華街で夕食、横浜港で花火。
 ③十数年前に転勤で住んだ戸塚へ行き、駅周辺の大幅な変貌に驚きました。
  江ノ電に乗って(わざわざ遠回りして)藤沢で長男と合流、
  そのまま三島の長男のところへ。娘は仕事があるので帰道。
 ④小学生の孫の運動会に参加。たぶん初めて!!! その夜は居酒屋で賑やかに。
 ⑤昼頃に三島を発ち、帰りは飛行機でした。
3)10月に増毛へ行ってきました。目的は波間に映る鮭の魚影を見に行ったのですが、
 時期が遅いのと天候がきわめて悪かったので残念でした。
 代わりに有名な『特上生ちらし』を食べ、廃業寸前の「増毛駅」を見物。
4)7月初めに、胃けいれん(後で分かったのですが)をおこし、
 二十年ぶりくらいに胃カメラをのみました。濃いピンク色でとってもきれいでした。
5)6月に樽前山へ高山植物を見に行きました。天候が悪く、頂上へは途中で断念、
 七合目のお花畑で我慢しました。これは増毛と逆で早すぎたようです。
 来年は7月に行ってみようと思います。
6)7月に中富良野のファーム富田にラベンダーを見に行ってきました。
 天気が良くてとってもきれいでした。帰りに富良野にも寄りました。
7)十何年かぶりに「よさこいソーラン祭り」に行ってきました。
 知人の娘さんが出るというので大きいカメラを持っていき、撮りまくってきました。
8)11月に入って、小中学校の同級生の奥さんから、喪中のはがきが届きました。
 12月には会社時代の飲み仲間の一人が私より4歳も若いのに、
 先にお浄土へ還(かえ)ってしまいました。
9)家具や電気製品のいくつかを入れ替えました。
 我々同様、年には勝てないということです。

 まだまだ、いろいろあったような気がしますが、さっぱり思い出しません。

 70歳を超えたら、体質に変化があったような気がします。今まで経験したことのない胃痛、頭痛におそわれ、何をしてもすぐ疲れるので、ウオーキングも減ってしまいました。長距離運転もからっきしで、増毛も室蘭も富良野もカミさんに半分は運転してもらいました。

 ますます、1冊の本を読み終わるのに時間がかかるようになりました。読書も体力がいるようです。本の購入も極力減らしています。一時、図書館通いを再開しましたが、最近は電子ブックを主体にしています。

 相変わらず、パソコンなしでは生きていられない毎日です。デスクトップもノートもWindows7ですが、両方ともWin10へバージョンアップした結果、機械が古いので思うような結果が出ませんでした。加えて、ブルースクリーンが出るようになったり、いろいろ支障が出始めたので、思い切って両方とも初期化した上、Win7を再インストールしました。もちろんソフトもすべて入れ直しです。結果、すこぶる快調になりました。ブルースクリーンも出なくなりました。ということで、一時考えたPCの入れ替えはしばらく中止としました。しかし、最近はたいていのことは、スマホでできてしまうので、びっくりですね。

 今年は、10月20日(木)に札幌の初雪が観測されました。平年より8日、昨年より5日早く、2000年以来16年ぶりに早い記録だそうです。その後2回の大雪に見舞われ、特に12月23日には積雪96㎝という12月としては50年ぶりの大雪となりました。1回目の大雪に対する除排雪の見通しがついたところでの追い打ちでしたので、札幌市内や周辺の町はひどいことになっています。私もご門徒宅のお参りが終わって帰宅したら、ものを言うこともできないくらい疲れ切ってしまいます。参った!

 世の中も、朝からニュースを見たくなくなるほどの残忍で差別に満ちたものになりました。朝から、腹を立てたり、涙を流したり、・・これでは長生きは無理なようです。来年はどんな年になるやら、日本脱出したいけど、どこに行っても同じと言うことを最近知りました。仕方ないから、このまま日本で生きて死にます。
 
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29年ぶり [札幌]

 29年ぶりだそうです。

『記録的大雪、札幌で降雪64センチ 新千歳で2千人超が宿泊』 どうしんウエブ 12/12 14:27 更新
 発達した低気圧の影響で道内は、9日夜から12日午前まで日本海側とオホーツク海側を中心に断続的に大雪に見舞われ、交通機関への影響が相次いだ。新千歳空港は11日に181便が欠航、約1500人が空港ビルのロビーなどに泊まった。札幌市では積雪が60センチを超え、市民が連日雪かきに追われた。
 札幌管区気象台によると、9日夜の降り始めから11日までの累積降雪量は札幌市が64センチ、恵庭市島松が54センチ。12日正午現在の積雪は上川管内幌加内町朱鞠内が91センチ、幌加内町が81センチ。札幌市は10日午後3時に最深積雪が65センチを記録し、12月上旬としては1987年の68センチに次いで過去2番目に多かった。 

12月10日(土)11:24 札幌大通公園で。 

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もう秋です [札幌]

 今日は予想外の雨になり、半袖では涼しさを通り越して寒く感じます。昨日は晴れていましたが、すっかり秋の空でした。ご無沙汰しています。お久しぶりです。おかげさまで、生きています。相変わらず、8月は忙しく、ようやく疲れがとれ、2日前に久しぶりに上下巻の小説を一気読みしました。これができるのは、疲れのとれた証拠です。70歳も過ぎるとこんなことで体調を自己診断ができます。
 相変わらずの毎日ですが、仕事そのものが減っているのか、住職が気を利かしているのか(年齢に対して)、トータルで見ると仕事は少なくなっています。僕にとっては、ありがたく、のんびり仕事をさせていただいています。
 さて、愛犬「ナナ」の一周忌(9月4日)が過ぎました。お墓に入れることができなくて、そのお骨はまだ我が家でだいじにしています。一周忌は、娘も来て、ささやかに寿司でナナを偲びました。

 写真は新函館北斗駅の新幹線です。6月初めに、久しぶりに孫の顔を見がてら、東京や横浜で遊んできました。わざわざ往きだけ新幹線にしました。1日がかりですが、楽しかったです。

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満71歳になりました [その他]

 お正月以来です。ご無沙汰しました。腹は依然として引っ込みませんが、カゼもひかず元気に過ごしています。冬もウオーキングを続けるつもりでしたが、寒さに負けて結局続けられませんでした。今までは愛犬の散歩でとりあえずは外に出ざるを得なかったのですが、この冬からはその用件も無く、仕事や買い物が無ければ引きこもっていました。
 ということで、再会した図書館通いで借りた本を読むか、ミステリードラマ(または映画)で一冬過ごしました。先日、春休みを利用して静岡から孫が姉弟二人で遊びに来てくれました。私も休みをいただいて、1週間つきあいました。クッタクタですが、久しぶりというか、初めてというか、何もかも忘れて孫と遊びまくりました。楽しかった!!!
 札幌は今になって!雪が降ってます(4月11日)。積もることは無いでしょうが、時折吹雪いています。明日は、マイカーのタイヤ交換です。そろそろ、写真撮りも復活させたくなってきました。今までは(15年間)、犬の縛りがあって出かけられなかったところを今年は挑戦したいと思っています。もう一つ、北海道新幹線も!

 ということで、無事71年間生き抜いたことの報告とさせていただきます。写真を撮り始めたら、このブログも頻度を上げたいと思っています。まったく手をつけていない、ホームページも、・・・・?

 写真は2年前の4月です。

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新年のご挨拶 [自己紹介]

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 まずは元気に新年を迎えることができました。
 今年は、写真撮影旅行をしたい!が、夢です。
 今年もよろしく!


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もうすぐ1か月 [その他]

 「なな」が死んでもうすぐ1か月です。未だに声が聞こえたり(もちろん空耳ですが)、目の前を通り過ぎたり(もちろん思い過ごしですが)、思い出してうるうるしたりです。9月4日に病院で死んで、すぐ引き取り我が家でほぼ二晩の通夜を終えて、5日にペットの火葬場で還骨してもらいました。今は、居間で今までどおり過ごしています(と思います)。違うのは花で飾られているくらいです。先日も、同じマンションの人から「ななちゃんに!」と、バラを10本もいただきました。今更ながらの人気にビックリです。来年春までは、このまま一緒に暮らそうと思っています。

 なんか、生活スタイルが変わった気がしています。「なな」の使っていたものを処分したり、使っていただくべく差し上げたりしたりしたら、家の中が広くなった気がします。空気も変わりました。何よりも、ご飯の心配とうんちオシッコの心配(散歩)がなくなりました。
 その大きく変わったのを機に(?)、ついでにテレビやネットの環境も変えました。今までベランダにつけたアンテナで見ていたテレビと、NTT回線だったインターネットと、おなじくNTTだった電話を、まとめてCATV(有線テレビ)のJCOMに変えました。これで、アンテナがなくなり、ベランダもテレビ周りのアンテナ線もすっきりしました。インターネット回線はグッとスピードが上がり、音が途切れたり、動画が映らなくなる心配が無くなりました。電話は変わりません。
 これに伴い、約20年インターネットプロバイダーとしてお世話になったSo-netを実質離れてJCOMになりました。ただ、脱会はせず、メールやブログは今までどおり使えるようにしました。
 加えて、カミさんと娘の介護疲れを癒やせることができればと、奮発して(?)登別温泉へ行ってきました。

 ということで、まあ本当に静かな生活を送っています。ぼけないように体操やウオーキングをしたり、お寺に通ったり(私は仕事ですが)、そしてしばらく休んでいた図書館通いを再開しました。
 なお、そのようなことで話題も少ないことですし、世の中にもの申すこともあるけど面倒だし、ブログも思い切って投稿を減らします。元気ですから、ブログに書き込みがなくてもご心配なく。さて、次はいつになるかな?

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愛犬「なな」が命終しました [その他]

 先ほど、2015年9月4日午前1時頃、愛犬「なな」が命終しました。2日の早朝にけいれんを起こし、それが止まらないので病院へ連れて行ったところ、そのまま入院、そして先ほど1時30分くらいに電話がありました。さっそく引き取りにいき、我が家に戻りました。
 いつもの寝ている顔そのままで、今にもワン!と起きてきそうですが、・・・・・。
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明日から報恩講 [その他]

 一か月のごぶさたでした。今月は毎年のことながら忙しい一か月です。お盆参り、引き続き報恩講(真宗のお寺の一年のうちでの最大の行事)(報恩講は3日間ですがその準備が大変です。お盆終了と共に始まります。)
 今年は加えて、愛犬ナナの病気で誰かがつきっきりという状態になってしまいました。余命宣告の1か月はなんとか過ぎましたが、まったく歩くことのできない寝たきりになってしまい、毎日が一進一退、一喜一憂です。
 など、などで、一か月のごぶさたとなりました。私は、お盆参りと報恩講の準備で少々腰痛気味ですが、元気に(なんとか)この1か月を過ごすことができました。しかし、忙しいにかまけて、筋肉体操、ラジオ体操、ウオーキングなどすべてサボりました。従って、少し体を使うと節々がギシギシいってます。報恩講が終わったら、涼しく(寒く?)もなったことですので、元の運動に戻そうと思っています。体重は戻りそうもありませんが・・・・・。

 Windows10ですが、結局デスクトップは”7”に戻しました。DVDドライブがドライバーの不適応で動かないので、元に戻しました。やっぱり中小のパソコンメーカーはダメなんでしょうかね。これより古いノートがOKなんです。戻すのはあっという間でした。戻して良かったと思います。手慣れていますので、安心して日常の操作ができるからです。”10”はノートパソコンで練習して、安いデスクトップが出たら、買い換えようと思ってますが、今のところ”7”に不便を感じないので、きっと先の先でしょう。

 最近は、どんな大事なことでも、メモをしなければ即刻忘れてしまいます。メモをしても「言葉」だけだったら、何時何処で何故・・・を忘れてしまいます。と、いうことで、新聞なのか、本なのか、誰が言ったのかもすべて忘れましたが最近気に入った言葉を紹介します。
心で教えるはもとなり 身で教えるはあとなり
  「心で教える」とは念ずること、「もと」とは根本のこと、「あと」とは行跡のことで跡のことです。

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WindowsUpgrade [その他]

 昨夕(2015.7.30)、マイクロソフト初の無料アップグレード(Windows10へ)を実行しました。29日からプログラム提供が始まったのですが、予約順だというのでまだまだ後だと思っていたのですが、昨夕想定外の速さでアップグレードOKの連絡が入りました。さっそく作業開始。夕刻はマンション特有の回線混雑でインターネットのスピードが思い切って遅くなっていますので、時間がかなりかかりましたが、何とかアップグレードに成功しました。今回は、安全のためノートパソコン(WIN7)で試しました。なんだか、見た目にはWIN7のままみたいな感じですが、うまくいきそうです。

 愛犬ナナが重大な危機に陥っています。昨年末に前庭疾患にかかって以来、調子は悪かったのですが、先日20日早朝午前2時頃、異常なまでの徘徊状態の最中、突然倒れけいれんと口から泡をはく状態になりました。いわゆるてんかん状態です。2~3分で落ち着き、10分後には立ち上がったのですが、約4時間後また同じ状態で倒れました。祝日でしたが、近くの病院は開いていたので診てもらいました。結果、余命宣言を受けました。病院からは栄養剤と倒れたときの鎮静剤をもらっただけでした。それから一進一退の状態が続いています。もうダメかと思うような状態になったり、突然立ち上がってあるいたり食事をしたり、・・・・、ということで老老介護の毎日が続いています。今すぐ・・・・というようなことはないと思いますが、心配の毎日です。

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バラももう終わりです [札幌]

 久しくのご無沙汰でした。特に変わりありませんでした。少し変わりがあったのは、この数週間風邪気味で咳と洟(はな)に悩まされているくらいです。カゼだと思うのですが、熱は出ないし体がだるいこともないのです。ただ、咳のためのどが痛くなって読経に少し苦労しています。膝のほうはほぼ問題ありません。
 それよりも愛犬の老化進行が一気に加速して、徘徊と奇行、食欲不振と排泄不順、昼夜逆転にすっかり悩まされています。自分の将来を見ているようだと、笑っているばかりです。

 さて、世の中天候不順・自然異変ばかりではなく、政治まで混乱してしまいました。私は、孫を戦場に送り出したくはありません。ですから「安全保障関連法案」には大反対です。

 昨日今日は蒸し暑くなっています。我が家の湿度計は70%前後です。通常は50%をきりますから、道産子にとっては蒸し暑いと言わざるを得ません。また、気温不順で、農家も家庭菜園もまったくできが悪いようです。 それが気になります。

 写真は、買い物のついでにのぞいてきた「雪印種苗のバラ園」です。もうほとんどが盛りを過ぎていました。今年も何もしないうちに夏が終わりそうです。

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タグ:バラ
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ようやく夏らしい日が続いています [札幌]

 そのような中、5連敗中の日本ハムに大谷翔平君が旭川のスタルヒン球場で完封で勝利をもたらしてくれました。加えて、スランプ中の中田翔君が久しぶりの21号を放ってくれました。なんと気持ちの良いこと!!!

 右膝の治療はこの22日の5回目で終わりました。今度は痛くなったら来い!でも、できるだけ来なくてもすむように、筋肉強化訓練に励めとのアドバイスでした。毎日、筋力トレーニング(たいしたものではないのですが)とウオーキングをがんばることにしました。ところで、足の具合ですが、階段を下りる時に少々痛さを感じる程度で、正座は30分でもOKです。これで、8月の盆参りは無事いけそうです。

 一昨日、昨日と弟の伴僧として、元朱鞠内の方の葬儀を勤めました。95才でした。この亡くなった方のお母さんは、私にとって朱鞠内のお祖母ちゃんで本当にお世話になりました。このお祖母ちゃんの家族が札幌、札幌の近郊に集まっていて、いまだにお寺としてのつきあいがあります。このご家族以外でも、たくさん近くにおられるので、たまにお参りに行くと朱鞠内の思い出話と元住民の動向の情報交換になります。いつもほとんど教えてもらうばかりですが。

 また、本が貯まってしまいました。どうしょう!
 ところで、琴似から移ってきて、すっかり大谷地になじんでいた「くすみ書房」が閉店しました。とっても気に入っていたので、残念です。ますます、Amazon頼みになりそうです。
【閉店のお知らせ】
いつも、くすみ書房をご愛顧いただきありがとうございます。突然のお知らせですが、6月21日(日)を最終日とし、くすみ書房大谷地店を閉店いたします。暖かく、思いやりあふれる大谷地の皆様と過ごした6年間は、私共にとり特別の日々でした。素晴らしい場所でありながら、続けることができなかったのは、すべて当店の力不足が原因です。このような形で閉店いたすことは、まことに悔しく情けないことですが、どうぞお許し下さい。6年間、本当にお世話になりました。
またつきましては、当分の間、友の会「くすくす」と、「琴似に新発想の本屋を作ります」プロジェクトの新規のお申し込みは休止といたします。なお、既にお申し込みいただいた皆様へは、今後のことを、後日あらためてご連絡いたします。ご迷惑をおかけし、申し訳ございません。ご連絡まで少々お時間を要しますが、何卒ご容赦下さいますよう、お願い申し上げます。くすみ書房 代表 久住 邦晴、社員一同(くすみ書房のFACEBOOKから)

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我が輩は若僧である [その他]

 今朝の朝日新聞(12日)に、93才の瀬戸内寂聴さんのエッセーを毎月1回掲載すると発表があり、その第1回が掲載されていました。私は寂聴さんの本は1冊も読んだことはありませんが、今日のエッセーは何とも心温まるものでした。寂聴さんの人気はすごく、つい最近もご門徒の方と寂聴さんが話題になりましたが、その方は寂庵まで法話を聞きに行ってきたそうです。いつも満員だそうですね。
 最近ご高齢の方の話題が増えてきています。私の心に残っている方を3人ほど紹介します。

 これは最近ではないけれど、2009年に89才で作家デビューした久木綾子という作家です。この方のデビュー作を読みましたが、取材に14年、執筆に4年をかけたというだけあって圧巻でした。
 久木綾子のプロフィール
1919年東京生まれ。1940年比叡山の里坊・理性院で後の天台座主即真周湛のもとで修行生活を一年送った後、松竹大船撮影所報道部勤務。同人誌「霜月会」同人となる。1945年山口県人の池田正と結婚、以後40年専業主婦。夫死去後の1990年文学に戻る決意をし、『見残しの塔』執筆のための勉強。2008年『見残しの塔周防国五重塔縁起』2010年『禊の塔羽黒山五重塔仄聞』出版(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
『見残しの塔 周防国五重塔縁起 文春文庫』より

 次はつい最近の「102歳ドイツ女性がついに博士号、ナチス迫害で最終試験遅れる」という方です。
 ドイツで9日、102歳の女性が大学で博士号を取得した。第2次世界大戦中にナチス・ドイツが施行した人種政策のために最終試験を受けられず、80年近くたってからの受験だった。
小児科医のインゲボルク・シルム・ラポポートさんはハンブルク大学エッペンドルフ大学病院で博士号を授与された。ラポポートさんはジフテリアに関する博士論文を1938年ごろには完成させていた。
同大学病院によれば、ラポポートさんはハンブルクで医学を学び、1937~1938年までは市内にあるユダヤ系の病院に勤務しながら博士論文を執筆したという。
しかしそのころまでにアドルフ・ヒトラー政権が人種政策を推し進めており、ユダヤ人家系に生まれたラポポートさんは口頭試験を受けられず、博士号を取得できなかった。ラポポートさんの母親のマリア・シルムさんは、ユダヤ人のピアニストだった。
ラポポートさんによれば、1938年に担当教授は、法律で認められてさえいれば博士論文を合格としていたと記した証明書を書いてくれたという。
また、今回やっと受けられることになった試験に備えるために、友人たちはこの80年間に進歩したジフテリアの知識をグーグルで検索して協力してくれたという。
ハンブルク大学は、ラポポートさんは5月に口頭試験を受けて見事合格したと明らかにし、おそらく世界最高齢での博士号取得者ではないかとコメントしている。
ハンブルク大学エッペンドルフ大学病院の院長で代表を務めるブクハント・グーケさんは声明の中で、「正義の一部」を取り戻すことができたことに自分たちも喜んでいると述べた。「起きてしまった不正をなかったことにすることはできないが、過去に対する洞察は私たちの未来に対する洞察を養ってくれる」とグーケさんはコメントしている。(c)AFP
と、いうことです。

 3人目はご門徒の95才のおばあちゃんです。95才でも、耳も目ももちろん頭もしっかりされていて、最近足が少し弱くなったとおっしゃっている程度です。そのおばあちゃんが、いつも話し相手になったのでうれしかったのか、30年からパッチワークを続けているが、これは最近作ったものなので上手くできてはいないけれど、奥さんに使ってもらいたい、と上手に組み合わせたパッチワークの巾着を渡されました。うわっ、こんな細かいことができるんだ!!と、尊敬してしまいました。

 ということで、私などまだまだ70才の若僧です。長生きを!というより、こんな年寄りになりたいな!と目標をいただいたお年寄りでした。

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新しい音楽ストリーミングサービス [その他]

 3月末で終了したsonyの音楽ストリーミングサービス「music unlimited」のあと、「スマホでUSEN」という、いわゆる「有線放送」のスマホ版を契約して聞いていました。物足りなさは感じるが、無いよりはましで楽しんでいましたが、突然!「AWA(あわ)」というサービスが始まったというニュースが届きました。さっそくアプリをダウンロード(今のところスマホだけ、そのうちにPCもOKという話)して使ってみました。なんと、「music unlimited」並のサービス内容ではありませんか。すっかり夢中になっています。3か月は無料、その後有料となるそうです。今のところ、曲数が少ない、アプリの完成度が低く始終ダウンする、など苛つくことは多いですが、先が楽しみです。
 膝のその後は、まあまあというところでしょうか。お参りで数回正座をしたら、しばらく痛みが残りますが、2回目の診察で「水はたまってないよ!」とのことで、しばらく無理をしないで養生しようと思っています。もちろん、筋力アップ体操とウオーキングは膝と相談しながらがんばるつもりです。

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タグ:AWA
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順調でした [その他]

 おかげさまで、まったく痛みがなく正座ができ、月参りのお勤めを果たすことができました。でも、大事をとって滝野すずらん公園には行きませんでした。従って、この写真は家族に依頼したものです。

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持病が増えた [その他]

 「変形性膝関節症」だそうです。4~5日前から、急に右膝に猛烈な痛みが出て、正座がすごい苦行になってしまいました。3日続いた法事を何とか無事勤め終えたのですが、痛みがひどくなる一方。今朝、一番で整形外科にかかりました。その結果がこの病名で、加齢によるものと言うこと。即刻たまっていた「水」とやらを35ccも抜き、そのあとへ潤滑剤のヒアルロン酸を注入されました。これから1週間に一度で5回1クールのこの治療を行うとのこと。この病気は治らないので、進行を遅らせる努力をするしかないこと、体重を落とすこと、足の筋肉を鍛えること、などのアドバイスをいただきました。
 母親が晩年、両足ともこの病気でしたが、同じ病気にかかってしまいました。これで、4つめの持病を抱えることになりました。どれも、初期で軽いので、気に病むことはないのですが、そのうち3つ(高血圧、前立腺肥大、膝関節症)は見事に加齢が原因です。

 さて、水を抜いて痛み止めと抗炎症剤を注入、加えて別途持たされた痛み止めを飲んだら、ウソみたいに正座ができるようになりました。ただ、膝をカバーしようと他の筋肉がかなりオーバーワークになっていたようで、周りに筋肉が痛くてただいまマッサージ中です。
 これで、明日からも僧侶を続けられます!!!

 写真は、「ギンラン(またはその変種)です。高さ10㎝もない小さな野の花です。

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携帯電話キャリアの変更 [その他]

 懸案の携帯電話(スマホ)費用節約のための、いわゆる『格安スマホ』への移行が、今日やっと実現しました。今までのDOCOMOから、MVNO(仮想移動体通信事業者)の「OCNモバイルONE」へキャリア変更しました。方法は、ナンバーポータビリティを利用して電話番号を引き継ぎ、今までのスマホを使ってSIMカードを入れ替えるだけにしました。ただし、2台を一度にということで、その手続きはネットですいすいというわけにはいかず、電話とネットの両方であれこれと結構時間がかかりました。その結果、本日やっと新しいSIMカードが届き、いとも簡単に新しいキャリアで開通しました。
 おかげさまで、今まで2台で月に約14,000円かかっていたものが、これからはたぶん2台で4,000円くらいですむようになりました。やった!!!

 写真は「エゾリス」の子供たちです。サイクリングロード沿いの公園の木に7~8匹が走り回っていました。ところが良く見たら、その木の高い枝から大きなカラスがその子供たちを狙っているではありませんか。でも、気のついた人間がどっと集まったものですから、あきらめて離れていきました。

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